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kewpie's blog

日常のことが多め。

蓮を見に行ってきた

写真

今が見頃ということで、近所のお寺に蓮を見に行ってきました。

行ったのは朝の9時ごろだったけど人もいなくて良い雰囲気でした。日射しもそんなに強くなくて快適。奥まった寺なので虫の鳴く声やウシガエルの声がひたすら響き、時折池の奥から「ドボン!」という音が聞こえてびっくりする。「閑静」という言葉どおりのような場所。

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蓮の花、なんとも言えず神秘的な花だなあと見るたびに思う。色のせいなのか、花の造形がそうさせるのか。魔力のある花。

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花がきれいに開いてなくて花びらが重なり合ってしまっているのが少し残念。

咲いている場所が奥まった場所が多く、虫がブンブン飛んでいたのであまり枚数が撮れませんでした。白も撮りたかったんだけど残念。カメラが電池切れだったのでiPhoneで撮りました。

ちなみに去年も同じ時期に行きました。

来年はもう少し早くに起きて開花する様子を見てみたい。山奥なので少し勇気がいるけど。さぞかし不思議な光景だろうなと思う。

美の暴力

アイドル

最近、ふと夏らしい曲が聴きたくなって、曲を巡り巡っているうちに乃木坂46にたどりついた。乃木坂46、アイドルが好きなのにいままであまり聴いていなかった。なんだかルックスも曲もなにもかもが綺麗すぎて、隙を見つけられない。自分は隙があるものが好きだと思い、勝手に敬遠していた。

聴いた曲は「君の名は希望」という曲だ。イントロは何度もテレビで耳にしたことがある。ピアノの音色がさらりと耳に馴染んで、その清涼感に夏らしさを感じられる。サビも抜けのいいメロディーで、聴いているうちに気分はどんどん良くなっていった。

そのうちに音源ではなくてライブ動画を見たいと思い始め、動画を探していた。ライブ動画にはいくつかこだわりがあって、カメラワークとか照明とか振り付けを踊っているかいないかとか、いろいろ気にしてしまう。できればその曲を一番表現できている動画を見たかった。

たどりついた動画を見て少しびっくりした。生歌だ。生歌であることなんて少しも珍しくないけど、この曲の生歌を初めて聴いたので思わず感動してしまった。曲がその場に生きている。真空パックのように音が封じ込められたCD音源ではなく、その一瞬にしかない感情が吹き込まれていた。

そうして見ているうちに、メンバーの表情に惹きつけられてしまった。テレビではあまり見ることのない、高揚しきっている表情だった。テレビではいつもあらかじめリハーサルされた表情を披露しているように見えて、それが余計に隙のない印象を与えていた。それがライブでは、感情が隠しきれない隙だらけの表情を見せている。MVの世界では作り込まれたマネキンのように踊っていたメンバーが、マネキンさはそのままに、生きた人間として動いている。当たり前のことなのに、いたくそれに感動した。

そのまま関連動画にあった「気づいたら片想い」のライブ動画を見た。立ち位置から恐らく「君の名は希望」のあとに歌ったのだと分かった。この曲もサビだけしか聴いたことがなかったけど、テンションがハイになっていたので何も気にせずに視聴した。

イントロの息が詰まるような切迫感に、一瞬で「この曲はすごい」と思った。ストリングスを使ったアレンジとメロディーが美しい。いつもは男性視点なのに、珍しく女性視点の歌詞が曲にどんぴしゃにはまり、女性グループにしか持ち合わせていないどことなく湿度のある空気感が絶妙にマッチしていた。 メンバーの表情も美しい。イントロが終わってすぐの生駒里奈さんの表情を見て変な声を上げ、何度も巻き戻して見た。誰よりも曲に入り込んでいて、ドラマの世界を見ているようだった。

メンバーの一人一人をアップで抜くカメラワークと、限りなくシンプルな照明が曲を余計に引き立たせていて、見終えたあとにため息をついてしまった。なにもかもが隅々まで美しかった。ルックスも、曲も、衣装も、綺麗すぎて、隙がなさすぎて敬遠していたのに、それら全てが恐ろしいほどに光っていた。これが乃木坂46の武器なのか…と思わざるをえなかった。

敬遠していたものに近づいてのめり込んでいくのは、あまり好きではないのだけど何度か経験していた。今回もまたその罠にはまってしまい、やっぱりアイドルは恐ろしい存在だと思い知らされた。好きではないふりをしたって、なんらかのきっかけで簡単にはまり込んでいってしまう。だからアイドルは侮れない。乃木坂46は美しくて、恐ろしい。

アイドルと人生

二宮和也さんの熱愛報道を見て、もうずいぶん長い間ファンをしているなと思った。

私が嵐を好きになったのはいまから9年前の春だった。それまでジャニーズに興味のなかった自分をその世界に引き込んだのが嵐であり、初めて好きになった男性アイドルグループだった。なんだかよく分からないけど、飾り気がないのに確実にスター性を持っている人たちが集まっていて、感じのいい5人組だなと思った。

その年の夏に、二宮さんが長澤まさみさんと付き合っているという報道が流れ、男性アイドルを初めて好きになった自分にはよく分からない感情が動いた。アイドルが好きなのか、人として好きなのか、なんなのか分かっていなかったので、なんだか地味にショックだった。ただそのあと何事もなかったかのように仕事をこなしている二宮さんの様子を見て、ああそうか、アイドルだから好きになったんだ、と自覚することができた。それからは、アイドルとしてしか二宮さんを見なくなった。いわゆる疑似恋愛の対象ではないと言い切ることができるようになった。ただ人としての尊敬はしていて、深く考えたり、大きな一歩を踏み出すときにいつも頭をよぎるのは二宮さんの言葉だった。一方的に見ているだけで、実際会ったこともない人を尊敬するなんておかしいかもしれないけど、たぶん1万分の1の確率で実際に会ったとしてもその考えは揺るがないと思う。

それがもう中学3年生のころの話である。私は今23歳で、9年前の自分は14歳だったことを考えると、いかに自分の人生に嵐が及ぼしている影響が大きいかが分かる。そもそもこんな長い間アイドルを好きになるとは予想もしていなかった。好きになったばかりのころのように、熱心に雑誌を買い漁ったり、CMを録画するためだけにビデオデッキをセットしたり、レギュラー番組をリアルタイムで見ることに必死になったりすることはなくなったけど、いまだに嵐は好きだと言い続けることができる。物理的な熱量は減っても、精神的な熱量は変わっていない。

このまま自分が30代になって、嵐が40代になっても、変わらず同じことを言っていると思う。もう17年も一緒に仕事をしてきた5人組だから、そうそう人の道から外れたり、裏切るようなことはしないと確信しているし、そうであってほしい。太ったり痩せたり、彼女が出来たり別れたりと忙しいけど、何年経っても嵐は自分の中でスターであり、特別なグループだと思う。外見や中身に些細な変化はあっても、トータルで見ると5人ともなにも変わっていないし、根本に変化はない気がしている。

あと1年で10年だけど、それからさらに10年経てば今をどう思っているのだろう。アイドルと一緒に人生を歩んでいく。振り返れば記憶の中にアイドルがいる。そんな人生も悪くない。