kewpie's blog

日常のことが多め。

音楽の楽しみ方

この記事は2015年6月11日に書いた記事です

毎日、通勤中音楽をずっと聴いてるのだけど、いろいろな楽しみ方がある。風景を見ながらBGM代わりにしたり、曲を聴きながら考え事をしたり、今日はボーカルを味わってみようとか、バックの音を意識して聴いてみようとか。ライブ映像を思い出したりもしている。天気によっても違う風に聴き取れるのがおもしろいし、味わい深い。

この間、「幸せの貼り紙はいつも背中に」という曲を聴いていたら、新しい発見があった。

映像から受ける印象が大きいとは思うけど、とりあえず歌詞を意識して聴いてほしい*1。この曲はわりと牧歌的な曲で、歌詞が抽象的というか、ぼんやりとしたストーリーはあるけれど解釈は聴き手に任せる、という感じである。音がモノラル音声なのもおもしろい。アイドルの曲というと手法の限られた狭苦しいジャンルのように思えるけど、こういう曲がぽっと出てくるのが新鮮だったりする。
いままで歌詞を意識して聴いてみても解がない曲のように聴こえていたけど、冒頭の歌詞を改めて聴いて、ふと解が見えたような気がした。

ねえ 覚えてる?
あのころ使ってた魔法
まだ使えるわ 素敵な呪文

この「あのころ使ってた魔法」「素敵な呪文」という言葉の正体が明確に表されていなくて、その後の歌詞に直接繋がってこないように思えていたので、なんなんだろうと思いながら聴いてサビに繋がったときにハッとした。

なんて素敵な日々 ああ 涙が出る
なんて素敵な日々 ああ 与えよう

おそらくこの「なんて素敵な日々」という言葉が、魔法であり素敵な呪文ではないのだろうか。意識するとはっきり分かるけど、意識しないと分からなかった。全体的なメッセージとしては、嬉しい日も悲しい日も、自分が幸せだと思えば幸せなのだ、ということを言いたい曲のように聴こえていて、「魔法」「呪文」というのはそれを実現するためのキーワードなのだろうと解釈した。そう思うことで、よりストーリーがはっきりした気がする。私の解釈なので、作り手の人が明言しない限り、解というものはないとは思うけど。
一見ファンタジーな世界観だけど、なにが幸せかというのは要は心の持ちようなのだろうし、この曲と同じように人によって違うのだろう。幸せという大きなテーマを扱うには、これくらいの曖昧さがちょうどいいと思った。
 
歌詞というのは、あまり詳しく状況を説明するとおもしろくないと思っていて、聴き手に適度なヒントを与えるくらいの情報量が一番いいのではないか、というのが最近自分が思っていることである。想像力を膨らませたら、どんな聴き取り方もできておもしろい。それはずっと同じではないし、ある日突然変わることもあって、無限に楽しめる。音楽というのは人生のパートナーなのかもしれない。
幸せの貼り紙はいつも背中に

幸せの貼り紙はいつも背中に

 

*1:映像も素晴らしいので、それはそれで味わってほしい