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kewpie's blog

日常のことが多め。

愛犬

日常

今朝、16年間飼っていた犬が亡くなった。メスのシーズー犬だった。

1999年の1月生まれで、生まれて1ヶ月経った2月の猛吹雪の日にうちに来た。シーズー犬というのは生後すぐは全身濃い茶色と白色のカラーリングで、毛の量が多いのでモップとか毛玉のようだった。ダンボールに入れられた状態で来たのだけど、すぐに破壊して家の中を駆けずり回っていた。

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当時小学生だった自分は子犬なのにすごく大きく思えたけど、いま当時の写真を見返すと驚くほど小さかった。活発な性格で、いつもペットサロンに行った帰りは興奮して暴れまくっていたのを覚えている。6歳くらいまでは脱走の常習犯で、目を離したすきに家の外へ出て行き、どこまでも走り続けるので追いかけるのが大変だった。とても高い声でよく吠えるので、ひとたび怒らせるとキャンキャンとうるさかった。だけど人懐っこい性格だったので、初対面の人にもよく懐いた。

そんな活発な犬だったけど、10歳を過ぎてからはとんと落ち着いた。前のように走り回ることはあまりなくなって、どっしりと構えて寝ていることが多くなった。たまにいたずらをされたときに不機嫌そうな声を出すくらいで、本当に落ち着いていたので、このままゆったりとした余生を過ごせるのかなと思っていたけど、腹部に腫瘍ができていて、1年ほど前から時間をかけて悪化していった。11歳を過ぎたころから車に乗れなくなってしまっていたので、病院に行くのも難しい状態で、なかなか行けずにいたけど、何回か診てもらって、体力もあるし元気です、と言われていた。老いても食欲は旺盛で、好物の鶏のささみの匂いを嗅ぐと目の色が変わっていた。私のご飯を食べられたこともある。水もガブガブ飲んでいた。目は見えづらく、足も歩きづらくなったのであまり散歩はできなかったけど、年のわりには元気だね、と周りから言われていた。

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それが、今月の中旬ごろから様子がおかしくなり、寝返りを打てずに苦しんだり、少し移動するくらいなら歩けていたのに、歩こうとすると転んで立ち上がれなくなって、ご飯をあまり食べなくなった。いくら工夫しても、朝1回きり、それもごく少量しか食べなくなったので、家族が急いで病院に連れて行ったら、手遅れです、と言われたらしい。ご飯を食べれる方法を教えてもらえなかったので、どうしたらいいか分からず、家族全員混乱していた。2日後、バイトから帰ってきたら水も飲めなくなっていたので、もう一度別の病院に連れて行ったところ、持ってあと2週間でしょう、と言われて、頭が真っ白になった。手遅れだと言われたときから覚悟はしていたけど、ショックが強かった。鎮痛剤を打って、水は注射器で飲ませて、ご飯を食べなくても水だけは与えてください、と言われたので、あとの期間頑張って面倒を見るつもりでいた。ご飯は病院からもらった缶詰の肉を少しだけ食べたけど、それから食べなくなったので、あとはずっと水を飲ませ続けていた。最初は鎮痛剤が効いたのか、暴れることもなくなり穏やかだったけど、翌日から痛みのせいなのか鳴くようになり、ほぼ1時間おきに抱っこをして声をかける、ということの繰り返しだった。そのうち食べたものを何回かに分けて吐くようになり、少量のおかゆでもだめだった。

昨日はずっと鳴きながら嘔吐をしていて、夕方になって父が帰ってくるとようやく落ち着き始めた。たまに鳴くこと意外は、静かに息をして、かなり穏やかになった。同じころに母と姉が病院に相談をしに行っていて、多臓器不全を起こしているので覚悟をしてください、と言われていたらしい。

もう朝まで持たないかもしれない、という雰囲気だったので、犬を囲んで寝ることになり、犬を真ん中にして、周りを家族で囲んで寝た。私は7時間ほど横にいたので、足を触りながら様子を見ていた。目はずっと見開いたままで、息は静かでもしんどそうだった。午前2時を過ぎたとき、ずっと同じ視点を見ていた目が、横にいる母を見るように動いた。その後しばらくして、ビクンッと痙攣が起き、顔が引きつったようになって硬直していた。家族が必死に声をかけると、声に合わせるように、ちらちらと舌を動かして、動かなくなっては声をかけられまた動く、というのを5分ほど繰り返したのちに、呼吸が止まった。2週間どころか、1週間も持たなかった。

1時間くらい、みんな泣きながら体のあちこちを触っていたけど、だんだんと硬くなりはじめて、必死の形相だった顔は幾分か穏やかになった。私がずっと触っていた足だけは、柔らかい部分なのかなかなか硬くならなかった。

月曜日にならないと火葬ができないので、まだ遺体は冷やして安置してあるけど、まだ生きているかのような顔で、いつも寝ているときと雰囲気が変わらないので、せめて穏やかに逝ってくれてよかったと思う。昔の写真を探したり、遺品も捜したりしていると涙が止まらなくなって大変だったけど、疲れるほど泣いたので、見送るときはきっと穏やかでいられると思う。苦しかっただろうけど、家族全員揃っているときに逝ってくれてよかった。

これから先の日々には慣れないだろうし、気持ちの整理もつかないけど、しなもん会長が逝去したときの記事を読んで、記事を書くことで気持ちの整理もつきやすくなって供養になるかな、と思い、何日か前から、もし亡くなったときは記事を書くことを決めていました。

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 16年8ヶ月間、ありがとう。いままでお疲れさまでした。